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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)7622号 判決

原告 園田博

被告 日本国有鉄道

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告は原告に対し武蔵野局三四四一番の電話加入権者名義を原告に変更する手続をせよ。訴訟費用は被告負担とする。」との旨の判決を求め、その請求の原因として

一、原告は元鉄道省職員として東京鉄道局に在職したものであるが右在職当時の昭和十五年六月頃武蔵野局三四四一番(以下本件電話という)の電話機は同局名義をもつて原告私宅に架設せられたものである。ところが原告は昭和十七年七月七日陸軍司政官に転官し外地に派遣されたものである。東京鉄道局内においてはかゝる場合は右の如き電話の加入権は使用者に贈与される慣例があつたので、原告も当然本件電話加入権の贈与を受け得るものと考え、東京鉄道局長に対し本件電話の加入権者名義変更の願書を提出し、爾后一切の手続を関係係員に依頼して赴任した。

二、爾后原告は本件電話加入権の贈与を受け、その加入権者となつたものと信じ平穏、公然に右電話の使用を開始したものであり、その間原告は昭和十八年一月十二日までは東京鉄道局名義の料金納入告知書により、事実上その料金支払に当り、昭和十八年一月十三日以降昭和二十八年十月までは電話局より原告宛の料金納入告知書の発行を受けその料金を支払つて来たものである。更に原告は昭和二十一年八月八日外地より帰還した際も、電話番号簿上本件電話は原告名義で登載されていたものである。

三、ところが昭和二十四年四月二十六日武蔵野電話局より本件電話加入権者名義が未だ東京鉄道局になつているので速かに名義変更の手続をとられたい旨の連絡もあり、同年政令第四八号電話加入権の取扱並びに附帯告示に基き名義変更の手続をしようとしたところ、東京鉄道局においては昭和十八年七月二十三日既に本件電話加入権を抛棄したのであるが、武蔵野電話局における事務の怠慢により、そのまま放置されていたことが判明した。

四、そこで原告は昭和二十八年初頃再び本件電話加入権者名義の変更を被告に交渉したところが、その解決を得ず昭和二十八年十月八日右電話加入権者名義は東京鉄道局より被告に変更され同月十二日電話の使用を停止された。しかし原告は昭和十七年七月七日以降本件電話加入権者として善意且つ無過失で、平穏公然とその権利を行使していたものであるから、右日時より十年を経過した昭和二十七年七月七日には取得時効が完成し、本件電話加入権は原告に帰したものである。しかるに被告は未だ本件電話加入権者として電話登録簿に登載されているので、原告に対し、その名義の変更手続を求めるため本訴請求に及ぶものであると述ベ

料金納入告知書宛名人に関する被告の主張に対し、国の収入に対する納入告知書はすべて納入義務者に対してのみ発行し得るもので電話料金についても電信電話営業規則第二百九十五条に基くものでその例外ではない。原告は遅くとも昭和十八年一月十三日以降同年七月二十三日までの間に本件電話料金納入告知の宛名人となつたもので即ち電話局において原告を電話加入権者として扱つたものであると附陳し、

立証として甲第一号証の一乃至九、甲第二号証の一、二を提出し証人飯倉武同金子善一、同中山繁の証言を援用し、乙第一、二号証の成立を認めた。

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、本件電話が原告が鉄道省に在職中東京鉄道局名義をもつて原告の私宅に架設せられたものであり、原告が陸軍司政官に転官して外地に派遣されたこと、原告が転官した頃まで東京鉄道局において本件電話料金を支払い、その後原告において電話使用料を支払つたこと、昭和二十四年原告より本件電話について交渉のあつたこと、昭和二十四年六月一日東京鉄道局は消滅し、被告が公共企業体として国の鉄道関係の一切の権利義務を承継して設立され、昭和二十八年十月八日本件電話加入権者につき被告に名義変更のなされたことはこれを認めるけれども、その余の点は否認する。

本件電話は国が昭和十六年八月六日加入権者となり被告設立と同時に被告においてこれを承継したものである。本件電話機が原告宅に架設せられたのは旧電話規則第四条の二に基くもので、原告の私宅は電話機の設置場所に過ぎず、又官庁職員の自宅に電話機が設置された場合、電話番号簿上個人名を登載することは旧電話規則第二十六条によつて許されておるから右事実をもつて電話加入権者の権利を行使したものとはなし得ず、又電話機設置場所の居住者宛料金請求書が発行されても、右居住者がその支払をなしても、加入権者としての権利行使とはならない。

よつて原告の請求には応じ難いと答え

立証として乙第一、二号証を提出し証人山田靖の証言を援用し甲号各証の成立を認めた。

理由

原告は武蔵野局三四四一番の電話加入権を時効により取得したと主張して、その名義書換を求め、被告はこれを争うので、考えてみるに、原告が元鉄道省職員として東京鉄道局に在勤し、当時武蔵野局三四四一番の電話は同局名義をもつて原告私宅に架設せられたのであるが、原告が昭和十七年七月七日陸軍司政官に転官して外地に派遣されたこと、その后右電話の料金につき東京鉄道局名義に基く納入告知に対し、事実上原告においてこれを支払い、更にその后右料金納入告知が原告宛行われ、原告がその料金を納入していたことは両当事者間に争なく、原告が右電話機を自宅において昭和二十八年十月十二日頃まで使用していたことは弁論の全趣旨に照してこれを認め得るところである。

ところで電話加入権が時効取得をなすに適する財産権であるか否かについては暫く措き、仮に時効取得に適するものとすれば、原告は電話加入権の債務者たる国を代表する電話官署(昭和二十七年八月一日以降は日本電信電話公社、以下単に電話局と略称する)に対して、時効制度の本質に照して表現的且つ継続的に加入権者としての権利行使の状態を継続しなければならないわけである。そこで更に原告主張の事実に基き考えてみるに前示認定事実と成立に争のない甲第一号証の一乃至七、甲第二号証の一、二、乙第一号証と証人金子善一(第一、二回)、同中山繁の証言を綜合すると、当時東京鉄道局内においては課長以上の職員で私宅から通勤している者はその私宅に鉄道局名義で設置された電話について、退職の際その加入権を譲り受け得るとの事例があり、原告は当時右鉄道局の施設部総務課長の職にあり、昭和十七年七月七日陸軍司政官に転官したので、当時原告は自宅に設置されていた同局加入名義の武蔵野局三四四一の電話加入権を当然譲り受けられるものと考え、右電話の加入者名義を原告に変更することを同課係員に依頼して外地に赴き、右電話機はそのまま原告方に架設せられたまま原告方で使用をなし、電話料金については東京鉄道局宛の納入告知書に基き原告においてその支払をなし、遅くも昭和十九年五月一日以降は電話局においても電話料金納入告知書を原告宛に発行していたこと、その后昭和二十四年四月当時原告は東京鉄道局に出向き右電話の譲渡証に東京鉄道局の印の押捺を依頼したところ、調査の結果右電話については鉄道局においては既に昭和十八年電話加入の取消請求手続をなしていたことが発見され、譲渡の不可能のことが判明した。ところが他方電話局においては、右取消請求の事務処理ができず依然右電話は加入権者を東京鉄道局名義のまま放置されていたので、東京鉄道局においては右取消請求書を原告に交付し、原告において新に電話の新設請求をなす方法により原告方の電話設置の便宜を計らう方法を考慮したのであるが、同年政令第四十八号により、新規開設電話については譲渡権が制限されていたので原告はこれを承諾せず、結局問題は未解決の状態のまま放置されていた。被告も亦その設立に伴い国の鉄道に関する一切の権利義務を承継するに際し、本件電話については原告において、既に新規加入の手続を了していて、国には同電話の加入権はないものと考えて加入承継の手続をなさないでいた。ところがその后本件電話加入権が依然東京鉄道局名義になつているのを発見し昭和二十八年十月八日右電話加入権の承継手続をなしたことが認められる。而して右認定に反する証人山田靖の証言部分は措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで権利の表現的継続的行使の状態とは単に行為者の主観に止るのでは足らず客観的な行為又は状態が必要であるところ、前示認定事実に基けば原告はその主張の電話加入権につき債務者たる電話局に対し、積極的に権利者として独得の表現的な権利行使をなしたと認めるべき事実はない。只、電話局において、遅くとも昭和十九年五月一日以降は本件電話使用の料金につき、原告をその加入権者として扱う如く納入告知書を原告宛発行しているのであるから、遅くも昭和十九年五月以降は債務者たる電話局は原告方に設置せられた本件電話機を使用する権利者(通和請求権者)として原告を扱い、原告も亦電話局の請求に応じてその料金を支払つて右電話機を使用していたのであるから、右事実と相俟つて同日以后の右電話機使用は、本件電話の加入権者としての行為があつたものといわなければならない。被告は電話料金の支払請求を受けても電話加入権者として扱われたものではないと争うが、昭和十二年逓信省令第七十三号電話規則第五十二条、昭和二十五年二月二日改正後の同規則第六十八条、昭和二十八年八月一日より施行せられた日本電信電話公社公示第百五十条電信電話営業規則千二百九十五条にはいづれも電話加入者が、その料金を支払うべきことを規定しているのであるから、他に特段の事情の認められない限り、電話局より電話機設置場所の居住者宛その料金を請求する以上、当該者につき当該電話の加入者として扱つているものといわなければならない。更に被告は本件電話については、当初東京鉄道局を加入名義者として設置せられ、原告はその代理占有者として、占有を開始したものであるから、新たに自己の為に占有を開始するのでないければ、その占有の性質は変更されないと争うけれども、前示認定の加入権の準占有は、別個の新たな準占有を開始したものと認められるものであり、被告の反論は当らないところである。

そこで原告は遅くとも昭和十九年五月一日以降は本件電話加入権の準占有を開始したものと認めるべきであるところ、その準占有の開始に当り、原告は、当時の東京鉄道局内における前例が自己にも適用されて当然本件電話加入権の譲渡を受けられるものと信じたものであることは前示認定の通りであるが、電話加入権の譲渡については、電話局における承諾が必要であるばかりでなく、その名義変更について名義変更料の支払も必要であるから通常人としては電話加入権の譲渡を受けたとなすには、譲渡人につき、その譲渡を確認することは勿論、仮に名義変更の手続を相手方に依頼してあつたとしても、電話局につき、その名義変更の有無を訊ね正すのが通常である。しかるに原告は右の行為に出でず、漫然、本件電話の加入権を自己において取得したものと考えて、その準占有を開始したものであるといわなければならない。

そうすれば本件電話加入権の準占有として原告は昭和二十八年十月十二日を終期と自陳しているのであるから、仮に原告の前示準占有が善意無過失平穏且つ公然に行われたものとしても右期間においては原告の取得時効の期間の経過はなく、いわんや原告の本件準占有には過失のあるものと認められる以上、原告の時効取得の主張は到底採用に難いものである。

しからば原告の時効取得を原因とする被告に対する本件電話加入権者の名義書換を求める本訴請求は結局理由がなく、失当として棄却すべきである。よつて訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 小河八十次)

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